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その一方で、畜産農家の減少が徐々に表面化してきていたことから、これまでの個人経営を見直し、同じような考えを持った農家数人と法人化を計画しました。 社名を考えるにあたっては、歴史に詳しい仲間の一人の「この地域に恵みをもたらす北上川は古い呼び名を日高見川という。日高見とは別称:日の本。古代東北には日本のもう一つの文明圏が存在していたらしく、その名を日高見国という。この辺一帯も古代は日高見国の一部であった」との話から、全員一致で<日高見畜産>という名称に決定。昭和62年(1987)のことです。 |
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その後、世の中のグルメブームにはますます拍車がかかるようになり、仙台牛や米沢牛、前沢牛、松阪牛といった銘柄牛はマスコミ等に常に取り沙汰されるようになります。ネームバリューが売れ行きを左右するという時代背景に、ブランドというものの重要さを大いに感じていた平成12年(2000年)、前代未聞のBSE問題が世界中を駆けめぐりました。牛肉市場は痛手を負い、打撃を受けたことはまだまだ記憶に新しい事実です。 |
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とにかく「何とかしなければ!」という思いが強くあり、市場が消沈している今こそブランドを確立し、国産牛の良さを大いにアピールしよう、何よりも市場が元気になって欲しい…との思いから、日高見畜産で肥育した肉用牛には、万感の思いを込めて<日高見牛>という名を冠し、市場に送り出しました。かくして<日高見牛>は、宮城の新しいブランドとしてスタートを切りました。これまでも数々の枝肉共進会等で入賞を果たし、常に3等級以上の発生率が7割以上という実績を上げておりますが、ブランド化によってさらなる認知をしていただくことができ、大変嬉しく思っております。 |
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肉用牛一筋に30有余年…思い起こせば幾多の紆余曲折がありました。しかし常に思い続けていたことは、「肥育という仕事を楽にする」この一言に尽きると思います。人が楽になれば余力が生まれ、牛によく目が届く。またストレスなくのびのび快適に育った牛は、いい肉用牛になる――みなさまの、毎日の幸せな食卓のために、健康で安全・安心かつ美味しくて信頼のおける高品質な<日高見牛>を、私たちはこれからも、日々生産し続けて参ります。 |
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